Alexa、僕はあの日夢見た僕にはまだなれていないんだ。

(十二国記シリーズ読後感)人は自らを救うしかないし、自分が果たせる役割を果たすしかない。

小野不由美の最新刊『白銀の墟 玄の月*1』を読み終えた。

昨年10月、11月になにやら書店でたいへんに盛り上がっていることを知り、そんなに面白いなら読んでみるか、その前にアニメから入るか、と思い立ったのが11月の半ば(11/16)。アニメはあまりにおもしろく、十日もたたず11/25にはすべて見終えていた。

それからすぐ、11/29にはアニメ化されていないシリーズ分をすべて購入し、約一か月をかけてすべて読み終え、今日にいたる。

とにかく、この小説群は胸に沁みる。この良さをどう言語化しようと思案していたところ、各巻の解説にて僕の気持ちを代弁するものがいくつかあったので、それを紹介したい。*2

近年、ネット小説を中心に、異世界召喚や異世界転生した主人公が、特別な力で無双の活躍をするファンタジーが流行っている。面白い作品もあるので一概に否定しないが、やはりその根底にあるのは、安直な願望充足である。(中略)作者はそのような願望充足とは無縁であった。緻密に構築された中華風の異世界も、命あるものの感情が満ち、善意と悪意が交錯する。その中で人にできるのは、精一杯生きることだけなのである。(『黄昏の岸 暁の天』細谷正充の解説) 

そう、この小説の人物たちの願望はまさに安直な充実を得ることがない。彼ら彼女らは、自分の甘えや無知に対しては必ず世界から清算を求められる。何も働きかけることなく事態は好転しない。

これは、同じく『黄昏の岸 暁の天』*3における陽子と李斎の会話にも表れている。

「だが、天が実在しないなら、天が人を救うことなどあるはずがない。天に人を救うことができるのであれば、必ず過ちを犯す」

「それは…どういう…」

「人は自らを救うしかない、ということなんだ―李斎」

そして、泰麒と李斎の会話にも。

「けれども李斎―僕はもう子供ではないです。いいえ、能力で言うなら、あの頃のほうがずっといろいろなことができた。かえって無力になったのだと言えるんでしょう。けれども僕はもう、自分が無力だと嘆いて、無力であることに安住できるほど幼くはない」

この物語に、わかりやすいヒーローは登場しない。無辜の民であっても、簡単には救われない。救われるのは、自ら立ち上がった者たちだけだ。

ただし、その物語が、読むものに勇気を与える。

「目を逸らさないで私を見て!家族を殺されて全部失くした。これが現実なの!」

(中略)

支僑は言う。「私たちは無力です。これが仕事だからやっているけど、それ以前に、これくらいしかできることがないんです。けれど―」支僑は顔を上げた。蓮花の顔をひたと見る。

「けれど、暦は必要です。こんな時代だから必要なんです。それだけは疑いがない。誰かが暦を作らないといけない。だからそれしかできない私たちがやるんです」

(『丕緒の鳥』「風信」*4

この物語の人物たちは、自分たちの与えられた状況で懸命に生き、それだけではなく、荒れる世にあって少しでもその状況を改善しようと自分たちにできることを一つ一つやっていく。

人間、できることからしか始められないけれども、もっと自分にはデカい仕事があるはずだ、あっちの仕事のほうがかっこいい、という気持ちに陥りがちだ(ぼくがそうだ)。そして、あろうことか、自分にあの仕事をさせてくれない周りが悪い、なんてことを言いだしてしまう。

でも、まずは自分の役目を果たすことから始める。できることから、すべきことから、始めていく。この物語の人々は、どこまでも人間臭い。どこまでも人間臭いのに、安きに流れず、自らに打ち克つ。その姿を見て、心が震える。僕にもできるのではないか。

僕の目指すべき、人の生きる様とは、このような姿なのではないかと、思う。

このシリーズが読者にもたらす興奮は、一過性のものではない。”決して自分にできないこと”ではなく、必ず”自分にだってできること”があると思い知る―自分を発見する喜びと表裏一体だから、読む者の心をいつまでも揺さぶり続けるのだ。 (『丕緒の鳥辻真先の解説) 

 

*1:

白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)

  • 作者:小野 不由美
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/10/12
  • メディア: 文庫
 

*2:他にも、これらの解説が優れていたので掲載。本当にこの通りである。

www.shinchosha.co.jp

www.nikkei.com

*3:

黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)

黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)

  • 作者:小野 不由美
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/03/28
  • メディア: 文庫
 

*4:

丕緒の鳥 (ひしょのとり)  十二国記 5 (新潮文庫)

丕緒の鳥 (ひしょのとり) 十二国記 5 (新潮文庫)

  • 作者:小野 不由美
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/06/26
  • メディア: 文庫